こんな本にたまに出会えることが、
本を読むことの醍醐味です。
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ところが、小倉さんは二年ほど毎日来られた。
毎朝七時に奥さんの玲子さんと一緒に教会に来て、熱心に祈りを捧げる。
当時、宅急便は全国に展開されている最中で、本当に忙しかったはずです。
にもかかわらず、異例な熱心さで通われていた。それだけ何か苦しいことがあったのだと思います。
88p
「東京本社では小倉さんは誰も近寄れない存在だったんです。エレベーターに乗ろう
とすれば、乗っていた社員は全員降りて、直立不動。その中を小倉さん一人だけ乗り込む。
七階の社員食堂では、小倉さんが座る席の周囲には誰も座らない。
たしかに地位は比べものにならない違いがありますが、いわぼ孤立状態でした。
ふだんはこんな存在だったのか……と本社に行ってはじめて気づきました」
121p
解決しない娘の問題に加え、妻までが荒れていく。
自宅は安らぎの場ではなく、苦悩の場となっていた。
小倉はそんな家族関係の変わりように強く心を痛めていた。
伊野もその小倉の悩みは本人から聞き及んでいた。中略
そうした悩みもやがてすべてを受け容れなくてはいけない日が訪れた。
真理の結婚と出産である。
125p
「僕に何かあっても、久子が困らないように、久子におうちをプレゼントしたい」
「ええ?」
「いや、これは僕のロマンなんだ。僕はこれまで財団だけじゃなくて、
いろんなところに一億円とか寄付しているでしょう。それと同じなんだ。
これだけいろんなことをしてくれている久子に僕の気持ちを贈らせてほしい。
せめてもの僕のロマンなんだから」
189p
「自分がずっと負担に思っていた感覚、後悔や愛情などがないまぜになった感覚。
それを娘のところに行くことでずいぶん減らせたのかなと、いまふっと思いました。
真理さんのことは、小倉さんの心にずっとひっかかっていたこと。
だから、小倉さんにとって、最後に真理さんのところへ行ったのはそれは
本当に大変だったと思うけれどーよかったのだろうなと思いました」
202p
〈神よ変えることができるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受け容れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ。〉
247p